第3話 B.U.Gallery

ルーシャムの通り



ヒューイ 「"顔のみならず、罪をも洗い清めよ"――」


ケネス 「なんで親父さんはそんな手紙を託したのかな」


オクト 「……まあ、これ以上は考えても仕方ない。そろそろ日が暮れるし、宿をとって、明日帰還しよう。」


『小都市ルーシャム』
今回の依頼は亭主自身からのもので、この都市の領主に手紙を届けるというものだった。
「渡せば分かる」と亭主は言った。
領主の目の前で確認したその手紙の言葉は――

ΝΙΨΟΝΑΝΟΜ
ΗΜΑΤΑΜΗΜΟ
ΝΑΝΟΨΙΝ

街の宿



システィナ 「そんなに罪深いような人には見えませんでしたけどね」


通された部屋での話題は、自然に「謎の言葉」についてのものとなった。
部屋は質素ながらも広く、女将の愛想もいい。
この宿代が“土竜の寝床”亭の亭主持ちであることについては、全く恵まれた依頼だと言える。


ヒューイ
「親父は独自に情報を掴んでいたのかもしれないな。
 確かに、やり方はらしくないが……」


ルーシー 「考えても仕方ないですよ。私たちの仕事は『手紙を渡すこと』ですし。」

オクト
「そうだな。もう寝た方がいいな。明日からはまた馬車の旅だ」

システィナ
「……それでは、私たちは部屋に戻りますね」

オクト
「ああ。良い夢を」


…………………………


子供の声
「怪物だー! モンスターが出たぞー!」


オクト 「(はね起きて)な……んだ? 子供……?」

ヒューイ
「さあな。異常はないようだが」


冒険者達は訝りながら階下へと向かった。



宿の女将「……あらあら、お早うございます」

オクト
「ああ、お早う。女将さん、さっき子供が……」


オクトが言い終わる前に、女将は一枚のちらしを差し出した。


システィナ
「"ベンジャミン・アンダーヒル展"……? 美術館ですか」

女将
「凄いでしょう。この方、とっても有名な彫刻家さんなんですって。」

ヒューイ
「(ちらしを読んで)妖魔や亜人を好んで彫刻するする……。
 なるほど。さっきの子供もこれを見たんだな」


冒険者達は雑談もそこそこに
朝食を済ませ、出発の準備を整えた。


表通り


ヒューイ
「まだ馬車が来るまで時間があるな。……さて、これからどうする?」

システィナ
「私はさっき話題になってた美術館に行ってみたいです!」

オクト
「疲れるだけだよ、あんなもん。乗り合い所で待ってればいいよ」

ルーシー
「相変わらず、意見が割れますね。 ……ケネスさんはどうですか?」

ケネス
「……人が多い所は苦手だな

ヒューイ
「……まったく。それじゃあ、乗り合い所で馬車を待とうぜ」


冒険者達は、しばらくして無事馬車に乗り込んだ。


冒険者の宿



宿の亭主「やあ、遅かったじゃないか」

ヒューイ
「遅かったな、じゃないだろう。何だってあんな手紙を……」

宿の亭主
「手紙? 何を言っとるんだ。お前さん達は買い物に行ってたんだろ?」

ルーシー
「? 何を……」

宿の亭主
「そうそう、手紙と言えば――」


宿の亭主が、引き出しから見覚えのある封書を取り出す。


宿の亭主
「お前達に、この手紙をを届けて欲しいんだが」


手紙は紛れもなくあの日届けたものと同じだった。

ヒューイは恐る恐る荷物袋に手を伸ばす。
手紙は……無い。


ケネス
「……宛先は? 宛先は誰にです?」

宿の亭主
「シューラウル卿という領主様だ」


 シューラウル卿――
 冒険者達が手紙を渡した相手の名である。



ヒューイ 「っ! 冗談じゃない! 親父、何をふざけてるんだ!?」

宿の亭主
「い、いったいどうしたんだ? もちろん、報酬も付るぞ。
 銀貨300枚だ。さらに奮発して――」

ヒューイ
「うるさい! 俺は、俺は……もう寝るぞ」


ヒューイは憤然と階段を上っていった。


宿の亭主
「……? 一体どうしたんだ?」

ケネス
「親父さん、ごめん。疲れてるんだ。
 その依頼は別の人に頼んで。」


……そう、疲れているんだ。何もかも、この疲れが原因。
一行は、言葉も交わさず自分の部屋に帰り、布団を引き被った。

全ては、疲れのせいだ。明日になれば――


子供の声
「怪物だー! モンスターが出たぞー!」


オクト 「………」


目を開けたくはなかった。自分の置かれている状況を確認したくはなかった。
しかし……


オクト
「そういうわけにもいかないだろうな」


想像通り――嫌な想像だが――そこは“土竜の寝床”亭ではなく、ルーシャムの宿だった。


街の宿


オクト
「まさか、全員が同じ悪夢を見ていた……ってわけでもなさそうだしな」


男4人で顔を見合わせる。隣の部屋でも、女性陣が同じ事をしているだろう。

階下に降りると、昨日と同じように女将がちらしを見せてきたが、返事もそこそこに表に出た。



ベルク 「……どうする、これから」


ヒューイ 「…………」


ヒューイがひらひらと手を振る。
昨日と同じ話はしたくないということだろう。


ケネス
「もういちど……馬車に乗ってみないか? どうなるかは分からないけど……」

ルーシー
「そうですね。私も他に案が見つかりません」

システィナ
「……これで、また親父さんに手紙を渡されたら笑えますよね。」

オクト
「……笑えねぇよ」


――馬車がやって来た。


ベンジャミン・アンダーヒル展


ルーシー
「……私たち、馬車の乗りましたよね」


その空間は、馬車などよりももっと広い――見るからに建物の内部だった。
『ベンジャミン・アンダーヒル展』と書かれた文字が否応なしに目に入る。


ヒューイ
「……くそっ! どうしたっていうんだよ!」

ベルク
「導かれた……といったところか。何の為かは分からんがな」


システィナ 「ねえ! どうせだったら作品を見て回りませんか? 面白そうですよ」

ケネス
「うーん、正直遠慮したいところだけど……」

システィナ
「そう言わずに。ほら、何かが分かるかも知れないじゃないですか」


一行は、アンダーヒルの彫刻を見て回った。
ドラゴン、ハーピー、そして、3つ眼のホブゴブリン……
パンフレットにあった通り、様々な妖魔の姿が生々しいまでに表現されている。


オクト
「とにかく、こんなところに長居してもしょうがない。外に出るぞ」


ヒューイはドアノブに手をかけた。しかし……


ヒューイ
「……畜生っ! 何なんだ!」


ドアは開かない。
オクトが解錠に成功したが、ドアは開かない。
力の限り体当たりをしたが――ドアは開かない。



ルーシー 「……もう一度、奥に行ってみましょう」

ヒューイ
「さっき行ったじゃないか! それよりドアが――」

ケネス
「……行こう、ヒューイ。そうしなくちゃいけない気がする」

ヒューイ
「! ……分かったよ。 怒鳴ってすまなかったな」


冒険者達は、もう一度奥へ入った。
少し前に見たものとは全く違う彫刻、言葉になっていない音を紡ぐ客。
そしてその最奥には……

オクト
「これは……鳥?」


その物体は鳥とは全く違った形態をしていた。
しかし、一行にはなぜか“それ”が鳥に見えた。



鳥のようなもの
「コンナトコデナニシテル?
 コンナトコデナニシテル?
 コンナトコデナニシテル?」

ルーシー
「私が知りたいですよ……。
 ここから出たいのですが。」

鳥のようなもの
「ココカラ?
 デレルヨ! デレルヨ!
 デレルヨ! デレルヨ!
 デレルヨ! デレルヨ!」

ケネス
「……方法を知っているのか?」

鳥のようなもの
「ナゾナゾ、クイズ、コタエル、
 アノテガミ、アノテガミダヨ!」

ヒューイ
「あの手紙……?」


ヒューイはそっと荷物袋に手を入れてみた。
そこには、なくなっていたはずの「あの手紙」の感覚が――


ベルク
「どうした?」

ヒューイ
「いや……」


わざわざ手紙を開ける必要もない。
あの手紙の中身は……



ヒューイ 「……ΝΙΨΟΝΑΝΟΜ
       ΗΜΑΤΑΜΗΜΟ
       ΝΑΝΟΨΙΝ.

       "顔のみならず、罪をも洗い清めよ"……だ」

鳥のようなもの
「クイズ、ナゾナゾ、イウヨ!
 モンダイ、イウヨ!

 『ソレハナ〜ンダ?』」

オクト
「あ……?」

ヒューイ
「これがクイズの全文らしいな。
 『ソレハナ〜ンダ?』……か」

鳥のようなもの
「ミレバワカルヨ!
 コタエハミレバワカルヨ!」

オクト
「そんなもん、分かるわけ無いだろ」

ベルク
「そもそも『それ』とは何を表してるんだ?」

ヒューイ
「…………」

ベルク
「あ、いや……すまん。出過ぎたまねだったな」

ヒューイ
「いや。ベルクガルドの言ったことを考えていただけだ。
 見れば分かる、か」

システィナ
「見れば分かる……この文章を?」

ヒューイ
「文章自体を、か……?

 ΝΙΨΟΝΑΝΟΜ
 ΗΜΑΤΑΜΗΜΟ
 ΝΑΝΟΨΙΝ」

ルーシー
「文章そのものに意味があるんでしょうか……」


ヒューイ 「!!」

ケネス
「……ヒューイ?」


ヒューイ 「見れば分かる……。文章自体に意味があるのなら……

       『回文』。
       答えは『回文』だ。」

鳥のようなもの
「カイブン! カイブン!」

鳥のようなもの
「ウシロカラヨンデモ
 マエカラヨンデモ
 オナジ! オナジ!」

鳥のようなもの
「イキツクトコロハミンナオナジ!
 デグチ! デグデグチチデグチ!」

鳥のようなもの
「ΑΝΟΜΗΜΑΤΑΜΗΜΟΝΑ」

鳥のようなもの
「ΗΜΑΤΑΜΗ」

鳥のようなもの
「Τ」

鳥のようなもの
「EAΤ」

鳥のようなもの
「DEAΤH」


鳥のようなもの
「DEAΤH! デグチ!
 ココカラデラレルデグチダヨ!」


"鳥"は耳障りな笑いを止めることなく
台座の上からひとりでに転がり落ちた。


ケネス
「台座の奥に階段……進めって事か」


階段の奥にはただ暗闇だけが広がっている。



ルーシー 「この向こう……瘴気を感じます。
        この間の洞窟よりも……強い」


ケネス 「……でも、進むしかない」

ヒューイ
「そうだな。 ……行こう。」


B.U.Gallery


一行は、瘴気の奥で一人の男の背中に出迎えられた。

ベンジャミン・アンダーヒル――
一度もその姿を見たことはないが、その時はなぜだかそう思った。

彼はここはどこかと尋ねる冒険者に向き直り、こう言った。


ベンジャミン・アンダーヒル「ここは理想郷です」


アンダーヒルは冒険者達に語った。少年時代、父の語った武勇伝、
そして、あっけなく死んだコボルトの醜い姿――
本当は冒険者にではなく、自分自身に対して語っていたのかもしれない。


ベンジャミン・アンダーヒル「……生命核は『死』、物事の本質は『停滞』です。
                    あなた方はまだ真実にたどりついていない。」

ベルク
「…………」

ケネス
「相容れない、な」


パーティを代表するようにケネスが口を開く。


ケネス
「この馬鹿げた死霊の世界が『真理』を追求した結果なら……」


ケネス 「あんた一人で行ってくれ。僕たちの住む場所はこんなところじゃない」


ルーシー 「……ここから、出してもらいます」


パーティ全員が武器を構える。
アンダーヒルは、もはや今までのような生きた人間の姿をしていなかった。
顔は不気味な緑色に染まり、ふらふらとぎこちない動作で立ち上がる。

空間がぐにゃりとねじ曲がった。


ベンジャミン・アンダーヒル
「こ郷想こは郷想こは理想郷は郷想郷は理想郷です。
 邪魔は魔はささ魔はせまさ魔はさせません……」


<第1ラウンド>
亡者であるアンダーヒルに精神魔法は効果がないと判断、全員で彼を取り囲み肉弾戦を挑む。


ベルク
「……いくぞ!」


<第4ラウンド>


ベンジャミン・アンダーヒル
「ハアッ……ハア……」


ベルクにえぐられた肩の傷がみるみる回復していく……


ベンジャミン・アンダーヒル
「真理が見える……
薄汚いコボルトの死骸……」

オクト
「冗談じゃねえぞ! 奴は不死身か!?」

ルーシー
「死んでるんですよ! でも、なんとかしないと……」


<第7ラウンド>



ルーシー 「……お願い、届いて! 『亡者退散』!」


アンダーヒルの動きが止まった。
部屋の中央で、頭を抱えて立ち尽くしている。



ベンジャミン・アンダーヒル「…………」


その姿は明瞭な輪郭を失っており、存在は既におぼろだ……


ヒューイ
「あんたは……あんたは死ぬんだ……。
 いや、ずっと前から、
 もう死んでいたんだよ。」


ルーシー 「さようなら、アンダーヒル」


そして、全ては消え去った。


 Mission Complete ! 

報酬
なし。
ケネス、ルーシー、オクト、システィナ、ヒューイがレベルアップ!

作者後記
ぞくぞくする素晴らしいホラーシナリオでした。文章主体でここまで魅せられるシナリオも無いです。
シナリオの文章が上手すぎる故、リプレイとしちゃあ、やりにくかったです(苦笑)。『鳥』とのやりとりなんかほぼ全引用です。他にやりようがなかったものですから。
というか、NPCの台詞はどうしても勝手に創作できないなあ。考えなければいけませんね。
ヒューイがヘタレちゃったのは嬉しい計算外。相対的にケネスが頼もしく見えたり(笑)

著作権表記
シナリオ 「B.U.Gallery」(ヒロタ様)
素材 宿の女将、宿の亭主、鳥のようなもの、ベンジャミン・アンダーヒル(YAM様)


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